独立を果たし、経営者としての一歩を踏み出した皆さん、「ご自身の役員報酬をいくらに設定するか」という問題は、会社を設立してまず最初におこる悩ましいものの一つではないでしょうか。役員報酬は、経営者個人の生活を支えるだけでなく、会社の資金繰りや税金にも大きく影響を与える重要な要素です。今回は、経営者が知っておくべき役員報酬の決定方法について、その基本的な考え方から、よくある誤解、そして最適な金額を見つけるためのポイントまでを詳しく解説します。役員報酬の基本:上限と下限の考え方役員報酬を決めるにあたって、まず押さえておくべき基本的な考え方が「上限」と「下限」です。上限の原則:会社の業績を圧迫しない範囲で 何よりもまず、会社が持続的に成長できる範囲内で役員報酬を設定することが大前提です。役員報酬は会社の経費となりますが、会社の利益がなければ支払うことはできません。無理な高額設定は、会社のキャッシュフローを悪化させ、最悪の場合、赤字転落や資金ショートを引き起こす可能性もあります。事業計画や利益予測に基づき、会社に十分な利益が残る範囲で上限を検討しましょう。下限の原則:経営者の生活を維持できる手取り額を確保 一方で、経営者自身が安心して経営に専念するためには、最低限の生活を維持できる手取り額を確保することも重要です。生活費、住居費、貯金などを考慮し、ご自身のライフプランと照らし合わせて、無理のない範囲で下限額を設定しましょう。あまりに低い報酬では、経営へのモチベーション維持が難しくなることも考えられますし、毎月個人の預金残高が減っていくと、精神的にもつらくなりますのでお勧めできません。「役員報酬は高いほど節税になる」は本当か?よくある誤解に注意!役員報酬に関して、経営者が陥りやすい誤解の一つに、「役員報酬を高く設定すればするほど会社の経費が増え、法人税の節税につながる」というものがあります。確かに、役員報酬は損金(経費)として算入されるため、その分、会社の利益が圧縮され、法人税額が減少する効果はあります。しかし、ここで忘れてはならないのが、役員報酬には経営者個人の所得税、住民税、そして社会保険料がかかってくるという点です。一般的に、会社の利益にかかる法人税の実効税率は、誤解を恐れず概要で申し上げれば、利益が800万円までの部分についてはおおよそ23%程度、それを超える部分についても35%程度です(税率は利益額によって変動しますので、その点ご留意ください)。一方、個人の所得税は累進課税制度が採用されており、所得が高くなればなるほど税率も上がります。住民税と合わせると、所得によっては50%を超える税率が適用されることもあります。さらに、社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料など)も、役員報酬額に応じて増加し、その負担は決して小さくありません。つまり、役員報酬を増やすことで法人税は節税できたとしても、それ以上に経営者個人の所得税・住民税・社会保険料の負担が増えてしまい、結果として会社と個人をトータルで見た場合の手残りが減ってしまうというケースが往々にして起こり得るのです。「節税になると思ったのに、かえって負担が増えてしまった…」という事態を避けるためにも、この仕組みを正しく理解しておくことが非常に重要です。最適な役員報酬額はシミュレーションで導き出すでは、会社と個人の双方にとって最適な役員報酬額はどのように見つければ良いのでしょうか。その答えは、「事前のシミュレーション」にあります。役員報酬の金額をいくつかパターン設定し、それぞれのケースで、会社が支払う法人税額経営者個人が支払う所得税・住民税額経営者個人および会社が負担する社会保険料額を具体的に試算し、会社と個人の手元に残るキャッシュ(可処分所得)の合計額が最大化されるポイントを探っていくのです。このシミュレーションを行う際には、以下の要素も考慮に入れる必要があります。会社の予想される利益水準扶養家族の状況社会保険料の料率将来的な会社の成長見込みや資金計画これらの要素を複合的に考慮してシミュレーションを行うのは専門的な知識も必要となるため、税理士などの専門家に相談することも有効な手段です。弊事務所に限らず、どの税理士事務所でも最新の税制や社会保険制度に基づいた、より正確なシミュレーションを行ってくれるでしょう。また、役員報酬を損金として算入するためには、「定期同額給与」や「事前確定届出給与」といった税法上のルールを守る必要があります。これらのルールを逸脱すると、役員報酬が経費として認められず、思わぬ追徴課税が発生する可能性もあるため、注意が必要です。おわりに役員報酬の決定は、単に経営者個人の給与を決めるというだけでなく、会社の資金繰り、融資、そして経営者自身のライフプランにも深く関わる重要な経営判断です。「なんとなく」や「よくある誤解」に基づいて金額を決めてしまうのではなく、今回ご紹介した基本的な考え方とシミュレーションの重要性を理解し、会社と個人の双方にとって最適なバランスポイントを見つけ出すことが、長期的な事業の成功に繋がります。ぜひ、ご自身の会社とご自身にとって最良の役員報酬設定を目指してください。